お寺とは?


現在日本には多くの寺院が存在しています。大きな歴史的建造物から、地方の片隅に忘れ去られたように佇むお寺まで、その数は日本のコンビニエンスストアと同じくらいとも言われています。

大小さまざまな顔を見せる日本の寺院ですが、多くは江戸時代の檀家制度が施行された時に出来たもので、当時の寺院は村民が異宗教へ流出しないよう村の戸籍の管理や、慣習の儀礼などを主に行っていたそうです。

 

武家の時代は過ぎ去り、檀家制度は失われ、明治政府は江戸時代に建てられた数多くの寺院に対して、打ち壊しや寺域没収という大規模な弾圧を行いました。今でこそお寺は丸儲け、高級車を乗り回している等と囁かれますが、過去何百年もの間、お寺や僧侶は幾多の戦火の巻き沿えになりながらも多くの文化遺産や教えを守り、伝えてきたという側面もあるのです。

 

私はお寺の子息として育っておりませんので、一般の方と同様の意見も理解出来ました。また、自分が僧職になってからは逆の立場で残念な言葉も数多く聞いてきました。

 

お寺の本来あるべき姿。

私は日本やアメリカでの修行と活動の中で様々な疑問と答えを持ち、行動してきました。

結果、私の考えるお寺の在り方とは、訪れる人々に「安らぎ」を与えられることなのではないかと思います。

  

毎日忙しい日々に追われる人たちに「安らぎを」と言ってもなかなか難しいものです。しかし近所に気軽に行けるそうした場所があり、たった数分でも安らぐことが出来れば、人はもっと個人や周りの幸せを考えられるのではないかと思うのです。

  

本明寺は千葉県の大多喜町にあるお寺ですが、令和元年に本明寺別院を、千葉県印西市に建立いたしました。

お寺は他の寺院様と比べ、収容人数が限られますが、駅から徒歩5分圏内の利便性と、年間に必要な護持会費(寺院に必要な維持管理費)や寄付の必要がなく、どなたでも必要な時に気軽に利用出来ることが大きな利点となります。

 

ゆったりとした気持ちでお話をし、色々なお悩みを聞き、解決の方法を一緒に探していければと考えています。